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1995年のあんかけスパゲッティ 前編

私は大学卒業後の数年、会社勤めを経験した。
最初は大阪の本社勤務だったが、すぐに名古屋に転勤となり、そこで初めてあんかけスパゲッティという物に出会った。
20年ほど前の話である。

その日私は無性にパスタが食べたい衝動に駆られていた。
正確に言うとその一週間ほど前からずっとパスタが食べたかった。
その頃、イタリア料理は今よりもう少し気取った食べ物だった。
20代前半の男がふらっと一人で店に入るにはかなりハードルが高かったのだ。
女の子のひとりでもさそって行けばすむ話でもあるのだが、縁もゆかりもない名古屋で社員寮暮らしを始めたばかりの私にはもちろんそんなアテもなかった。
自分で作って食べようにも、社員寮には蚊取り線香のような電熱コンロがひとつあるきりで、それはカップ麺のお湯を沸かす程度の役にしか立たなかった。

社員寮の近くには、一軒の瀟洒なスパゲッティ専門店がある事は知っていた。
イタリアンカラーの看板に横文字の店名。
イタリア料理店ほどではないにしても男ひとりで入店するのは充分にはばかられる雰囲気であった。
しかしその日、パスタ食べたい欲はついに最高潮に達していた。
私はついにその日の夜、その店を訪問することを決意した。

そうなると現金な物で、私はその店で何を食べるべきか、という事でもう頭がいっぱいである。
カルボナーラを食べたいのはやまやまであるが、しかしああいう店で自分好みのそれが出てくる可能性は極めて低い。
ならばポモドーロ系で、せっかく行くならただのポモドーロではなく少し凝った物にしたい。
かと言ってこの最高潮に高まったパスタ欲を満たすのにボンゴレやペスカトーレといった食べるのに面倒臭い物はまだるっこしい。
とは言うもののそこに渡り蟹のトマトクリームなどあればどんだけ面倒臭いとは言えその誘惑に勝てるであろうか?
いや待て、その辺りは二回目以降まで様子を見るとして最初はもう少しシンプルにブッタネスカかアマトリチャーナかでまずはこのパスタ欲をすっきりと満たしてしまうのが正解ではないだろうか。
思いは千々に乱れた。
そして後で考えればそれがその日もっとも幸せな時間だったという事になるのだが、それはその時点では知る由も無い。

店内に入り、私は別の意味でとまどった。
そこは何と言うか、私が知っているパスタ屋とは何だか全く違う雰囲気だった。
一言で言えば、それはまるで喫茶店のようだったのだ。
いらっしゃいませ、と出迎えてくれた前掛けエプロンのお姉さんもまさしく喫茶店のお姉さんだった。
マガジンラックには週刊現代と週刊プレイボーイ。
その横の本棚にはゴルゴ13がずらっと並んでいた。
私はとっさに店を間違って入ってしまったのかと思った。
が、しかしその店は住宅街の一軒家。
いくら何でも間違いようがない。
私はとまどいながらテーブルに着いた。

私は気を取り直して卓上にセットされていたメニューを手にした。
表紙にはやはり三色のイタリアンカラーと、スパゲッティ専門店、の文字。
やはり店を間違ったわけではないようだ。
しかし私はすでにこの時点でこの店が渡り蟹やパルミジャーノレジャーノを扱う類の店ではない事も察していた。
少し消沈しながら、しかし、それでも専門店ならポモドーロでそう大きく外す事もないだろうし、なんだったらたまには薄いクリームでスープ状に仕立てられたベーコン入りのカルボナーラなんてものでもいいかもしれない、いや普段はまず食べないタラコスパみたいなものがこういう店では意外と美味しいかもしれないぞ、となんとか気を取り直しつつ、メニューを広げ検討を開始した。

目が点になった。
まさしく目が点になった。
メニューの中身は、その予想のさらに斜め上遥か上空を行く物だったのだ。
ミラネーズ
カントリー
ミラカン
ピカタ
ノルマンディ
ミートボール
トンカツ
・・・・
・・・

私は混乱の極みの中で、メニューブックの中に数点ある写真やあってないような説明文を頼りにそれを必死に解読した。
どうもソースは一種類のみで、あとはトッピングの違いのみでメニューが構成されているという事はなんとか理解できた。
そのソースはどうもトマトをどうにかした物のようだったが、少なくとも私が知っているパスタのソースとは完全にかけ離れた何かであろうこともなんとなく理解した。
私はかろうじて、数時間前に候補として選出したものの一つであるアマトリチャーナにその構成が似てなくもなさそうなメニューを選び、前掛けエプロンのお姉さんに告げた。

トリオ、というそのメニューは、豚肉と玉ねぎとコーンを炒めた物がのったスパゲッティであった。
赤黒いどろりとしたソースはパスタに和えられているわけではなく上からかかっているわけでもなく、こんもりと盛られたパスタの周りに敷き詰められていた。
コレジャナイ。
見るからにコレジャナイ。
意気消沈しながらパスタをフォークで巻き取って口にした。
フォークで巻いている時点で薄々気づいていたが、パスタそのものも、あらかじめ茹でてある物をゴワゴワになるまで油で炒めた謎の物体だった。
私は完全に絶望した。

この一週間この店に入るか入るまいか悩み続けた俺の純情を返せ。
さっき一時間以上もかけて今日は何を食べようかワクワクしながら悩んだ俺のトキメキを返せ。
名古屋なんて来るんじゃなかった。
勝手に俺の名古屋勤務を決めた奴はいったい誰だ。
許さん。
断じて許さん。
絶望は徐々に怒りに変わっていった。

結局その日私はそのスパゲッティを半分以上残して店を出た。
そして寮の蚊取り線香型電熱コンロで寂しくカップラーメンのお湯を沸かしたのだ。

これが私とあんかけスパゲッティの、まさに最悪としか言いようのない出会いであった。


つづく







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イナダシュンスケ

Author:イナダシュンスケ
業態開発とメニュー開発を中心に飲食店の雑用全般。enso / Erick south / Erick curry などなど。
ただしこのブログは完全プライベートであります。
偏り気味の食文化論、役に立たない食べ物ウンチク、飲食店の愉快でトホホなリアルライフ、そしてたまにはヒット数稼ぎの阿漕なレシピ公開、好きなものを好きと言うだけの中身の無い雑談、などをだらだらと垂れ流す予定です。
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